徳川道

摩耶山の帰り道いつもと違う「徳川道」を下ってみた。
徳川道という呼び名は幕末に江戸幕府がこの道が作ったことに起因するらしい。
なんでも、神戸市内に多数居住する外国人とのトラブルを避けるために海岸沿いでは無くあえてこの六甲山中に道を作ったそうな。
正式名称は「西国往還付替道」
参勤交代のルートとして整備されたそうだ。
ただし、実際には大政奉還があって参勤交代に使われることは無かったらしい。

徳川道の脇に立ててあった看板でそんな情報を仕入れてから歩いてみた。
当時の円ドルレートってどうやって決めてたんでしょう?
一番最初は、まさかの物々交換?

たったの150年前の話。

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